隅研吾さんの思想に共感

2017年11月12日


日曜日は、お客様との打ち合わせ以外の時間は事務所の回りは静まりかえります
本を読むとか設計、見積もりをするのにはとても良い環境です
今日は午前中11時頃迄お客様の所へ不具合を見に行き
帰ってきて見積り書の作成に取り組んでいました

そんな作業をしている時に時々お客様がみえる事もあります
今日の午後にみえたお客様もその中の一人でした

ところで、開幕まで1000日を切った東京オリンピック
メイン会場を設計した隅研吾さんの記事が新聞に載っていたのでご紹介したいと思います
年齢も私と同じくらいなので、なんとなく身近に感じていました

強い個性がぶつかり合う建築界で隅研吾さんが唱えるのは
「負ける建築」
存在感で他を威圧するコンクリートや鉄ではなく
木や竹などの自然素材を取り入れた自己主張しない「小さな建築」だそうです
隅さんが若い頃、右手が動かなくなる大怪我をしたそうですが
「右手が動かないなら、それなりに出来る事を見つければいい」
と受け入れること、あきらめることの楽しさみたいなものを知ったということです

それに東日本大震災、阪神淡路大震災は堅固にみえた建築の脆さをみせつけ
建築や街を頑丈にすることで人間の幸福は守られるのだろうか
そう自問するなかで「接続可能な暮らし」を考えたそうです

自然素材と長年係るうちに「死」を意識するようになったとも
樹木は幹の内部の死んで固くなった細胞によって支えられ立っている

「死つつあることが生きていること。年を取るにつれて出来ないことが増えたり
身体が動かなくなったりして少しずつ死に近づいていくのは人間も同じだよね」

経年劣化することは自然素材の宿命

「永遠に生きることを前提にしたものは本当は虚構。嘘なのではないか?
だんだんと死んでいくというような考え方のほうにリアリティを感じるようになった」

なかなか、哲学的ですが早くオリンピックのメインスタジアムを見たいものです!

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